アフリカ日記

110

 しばらくギニアに通っていた自分だが

 ガンビアに行ったとき大きな衝撃があった
 この国にはいわゆる舞踊団があまりない
 聞く所によるとごくわずかだそうだ
 確かにギニアのコナクリのように

 偶然舞踊団の練習場を横切る
 
 といったような事は街の散歩が趣味の自分でさえ
 この国では経験したことがない

 ただ、音楽には遭遇する確率は季節によるのかもしれないが
 低くはない。

 シュチュエーションと言えば

  カンクランという精霊のイベント(命名式などかな?)

  よくわからないがタマだらけの一団に会う(おそらく結婚式)

  サバールウォロフまんまだがサバールの太鼓のイベント
  「ウォロフ」とついているところがマンデの人々の国ということを
  象徴している気がする

  バーでバンドが出てる

 みたいな感じで遭遇したがどれも至極ナチュラルな出会いである
 一つ自分が言った限りの話だが他の国と大きな違いがある

 これは単に自分がガンビアにいった感想とも言えるのだが、
 
 自分達のためだけに演奏しているのだ
 海外に発信という事はしたがっている感もあるのだが
 事実太鼓の分野ではあまりできていない

 コラはたまに聞くがそれはおそらくコラ自体の力と言える
 コラが西アフリカ全体で欧米等で割と受け入れられている

 ソールーバはマイノリティたっぷりの太鼓と言える
 それは見た目も然り、

 とにかく小さい

 一見おもちゃとも見て取れてしまう
 ぱっと見ミニジェンベサイズなのだ
 以前も書いたがそのサイズからは到底想像できないグルーヴ
 が飛び出してくるのだからマジックである

 この太鼓はバンド性が高く非常に魅力的だ
 ガンビア内では基本大、中、小の3本が原則らしい

 3という数字は非常に物事がスムーズに進む形ではないか
 椅子も3、会話も3人いると盛り上がる

 そう、太鼓の会話に持って来いの数字だ
 ガンビアのお隣のカザマンスでは多いスタイルもあるのだが
 自分的にはやはり3つのスタイルがいい

 太鼓については以前書いたのでさておき
 
 何がいいかといえば大衆が太鼓をめちゃくちゃ楽しみにしていることだ
 ギニアなんかもやっていると眺めて楽しむ人が多いが参加できるのは
 ほんの一部かも知れない

 というのもメチャクチャ激しいからという理由がその一つである

 ドゥンドゥンバ等は舞踊団の連中がやっていることが多くこうなる
 とテンポも早く、入るのには気合いがいる

 マリンケフォリなんかはガンビアでやっているそれと同じであるが
 やはり太鼓たたきが舞踊団出身であればいつも通りの激しさになる
 

 いずれも都会の話だが、ガンビアも都会での話なので同じ条件である

 行った時期かもしれないがカンクランという精霊の祭りに遭遇する
 これも以前書いた 笑

 朝か昼にはついて、飯炊きしている脇に陣取り、たまに叩いたりする
 そんときの女性陣のテンションの高さはうちの師匠が前歯を折られた
 事件で物が語れる

 ある日プログラム(結婚式や命名式をこう呼んでいる)から帰って
 きた師匠は

 「今日のプログラム、俺は叩いたぜ!!」

 と興奮しながら言ったが、なんと前歯がない
 聞けば皆演奏に興奮しすぎて踊り狂いなんとおばさまが激しすぎて
 叩いていた師匠を突き飛ばしてしまったらしい

 まーるで猪だが、猪状態になっているのはよく見かける

 ほかの国でも、激しく踊っているのはよく見かけるのだが、ここでは
 極めて個人的な楽しみというわけだ。

 外人が踊ろうとしてもほかに先を越されてなかなか出れなかったりする
 他の国では、外人がでようとすればは面白がられたりして喜ばれるのだが
 ガンビアでは逆だった

 「外人にのます酒はねぇ的な・・」
 
 とまではいかないが、あまりそこに関心が行かないようだ
 人が踊っているのをまじまじと見ている人は少ないのだ。
 正に、踊って参加に意味があるという感じである。

 これが、太鼓の音楽なんだなと思えるぐらいのナチュラルさで
 イベントの存在自体が心地よい

 どの国にもこんな感じはあるがやはり

 太鼓叩きが普段舞踊団で叩いているかいないか
 
 というのはその祭りのテンションに大きく関わるきがする
 あくまでその場で巻かれる金目的にバンドで集まってるのがいい
 師匠は自分のバンドで客をどんだけグルーヴで沸かせたかということ
 をいつも自慢してきた

 勿論、ギニアやセネガル、マリも最高なのだが

 ユルイ中の熱さというのが魅力のガンビアは単に居心地がよい
 ので、一日がユーっくりと流れていくので

 ジャンベ以外も見たい、細かいテクがほしい人にはお勧め
 の国となっております

 ソールーバ、サバール、コラは割に習いやすいので一度行ってみるの
 もいいと思います、英語も通じるので日本人的には行きやすいですね

 片方撥片方手というのが原始的で深みがありますね
 ドゥンドゥンとジンベを同時にやってるというか・・・

 祭りの景色は西アフリカの原風景満載です

 しつこいようですがカンクランです 笑

 ↓
 https://youtu.be/IeRZOLjipiE


 


 


 

 
 

 

  

 




 


 
 



 

 
 
 さて、前回に引き続きドゥンドゥンバについて書きます

 三本の枝が組上がれば後はストーリーだ

 曲が多い事もこのリズムの特徴なので

 DJ的なセンスも問われるので更に深みにはまってしまう

伝統的な形では曲の順序は勿論、その曲が村の行事と一体化しているのだが

 都会はわりとフリーキーなルールとなっておりますが

伝統を重んじている方には許せない、という感じでもあります

どちらも良さがあるので、というか目的自体違うので比べる事に
何の意味もないのかも知れない

とにかく、リズムを渡り歩くという感じとそうすることにより
エンドレスになる感覚がなんとも気持ちいい

サンバン、ドゥンドゥンはまるで、キャッチャーとバッターの
バッテリーのような関係だ
曲の尺を司るのはおおよそサンバンだが、ダンスによる曲の瞬間
変更等も有りなかなかぼさっとし難い

という訳でプレイにその人柄がもっとも出やすいポジションかもしれない

コナクリのパーティーで最初のバッテリーも凄いのだが、サンバンが
変わった瞬間いきなりドッカンドッカンになったりするのを良く見かける

変わった相手はドゥンドゥン叩きの相方という訳だった

ただただ叩くだけが脳じゃないというところもニクい
この場合、その瞬間は水を得た魚が存分に泳ぎ回る状態だ
凄いエネルギーだが、乱暴ではないという最高にポジティブなグルーヴ
に包まれる

時には彼らの独自のネタが炸裂したりする
掛け合い型のフレーズがいつまでも続きテンションが上がり
花火みたいで、非常に心地良い、

  まるで、バチが打面に食い込むようだ

  と思ってたら、本当に破れて食い込んだり

というハプニングすらテンションが上がるのだ

とにかく

プレイヤー同士が非常に爽やかな関係を保っているのだ
お互いに好きに走っているだけなのだが、距離も良くわかっており
グルーヴは途絶えることはない、たまにやり過ぎでぐちゃぐちゃに
なって終わる事も有るが、壊れたら壊れたで潔く終わり、
またゆっくりから仕切り直すのだ

これがまた味があるので更に更に深みにはまってしまう

良いドゥンドゥンバは良いグルーヴのなかをハイ回る
蛇ののような感じだ

水を得た魚

グルーヴを得た蛇

もうちょっと踏み込んだこと書きたかった
のですが、文章にするとヤボなのでこれくらいで・・

それにしても・・イヤー叩きたくなってきますね

サー、レッツドゥンドゥンバ

アフリカのリズム
アフリカのリズムは面白いと最近よく思う

音楽というとどうしても

知識や技術が不可欠

毎日猛練習しなければ出来ない

例えばドラムセット

手足バラバラで難しい、バンドにおいて太鼓は 
自分だけという事も多く、充実したグルーヴに
するには相当な練習がいる、リズムは無論、技術 
にそのミュージシャンとしてのポテンシャルが
問われそうだ

楽器変わって

ドゥンドゥンはどんな感じだろう?
ケンケニ、サンバン、ドゥンドゥン
全部のリズムは違うが、全体で一つのドラムパターン
を作っている。

これは原始的ながら相当に画期的だ。

難しさはドラムセットと逆にある
つまり、足は使わずただ両手のみ、しかも、皮を叩く
時、基本的にベルを打つことが多いので左右も混乱し
にくい。技術的な問題は少しの練習で解決しそうだ。

だが、リズム的なポジションはバリエーションに富んでいる
曲によっては苦手という人も多い
いわゆる一般音楽的にいう裏拍という位置を絶えず綺麗に
保っていなければならない。

だから、初心者は出来るリズムと、全く出来ないリズムに別れる。

手足の技術ではなく聞く力やマインドという訳だ

今比べた二つの楽器、きっとルーツは同じかも知れない

が、やっている内容は反対である

ドラムセットは一人なので、その人が叩かないければ
音楽から太鼓はなくなります。
だから鼻がかゆくて掻きたければ、

上手くごまかしながら掻く

という鼻を掻くにもテクがいる。笑

対し

ドゥンドゥンは三人いるので一人いなくなっても音圧
は減るがグルーヴへの傷は浅い。

とりあえず音楽は続く。
一度止めて鼻、掻き放題だ。
自分なら仲間にはその場合、存分に掻いて貰いたい。

つまり、一人の場合は何か起きたら少なからずグルーヴ
に影響するかもしれない。

エンジンが3基という訳だ

このグルーヴのパワーは半端ない

別にドラムが良くないという訳ではない
自分もドラムセットを叩くのは大好きなんで
叩いていて上手くいかないとバリエーション
上がりで、グルーヴが揺れる事はしばしば。
それも手足が別なんオーバークッキングという訳

ドゥンドゥンならなとも思うがそうなったら後の祭だ

だから練習がいるのだが楽しいが、なかなかに孤独な作業だ 
リズムだけに集中するのが難しい

三人いれば文殊の知恵、椅子も足は三本から

というように強靭なリズムも三人いれば容易に
作れる。

これはリズムの錬金術に等しい


例えば、森に落ちている枝、三本あったとしても
落ちているだけでは、

ただの枝

が、もし三脚のように組まれていたらどうだろう

いきなりメッセージ性が出たのではないか?
森に行ったらいきなり三本組まれた枝があったら

気になってしょうがない。笑

リアクションはそれぞれだが、とりあえず誰しも
一瞥はくれるだろう。

当たり前かもしれないが、1と10位違う

なんの変哲もない物が

「気になる」

というのはエネルギーといえるのではなかろうか?
見た人ほぼ全員が気になるといっても過言ではない。

言わんとしていることはと言えば
ジェンベを例に取っていえば

「パッティパッ」

等と非常に退屈なリズム初心者の頃散々やらされて
手も痛いしダサいしでホント嫌いと思った 笑

これを枝として

三つ組めばリズムの三脚は完成する

いわゆる度頭からの人

少しずれての方

もう一つズレての貴方

ドゥンドゥンバは正にそれだ

ここからが憎い。
 
               つづく





物の存在
先日までセネガル、ガンビアに行って来ました!

いつもアフリカに行く度に思う事がある

そして、やっぱり今年も思った

 完全に密封でき、乱暴に扱わなければほぼ
 永遠に使える容器

 欲しいでしょう??
 
この物の存在について。
別に、今さらゴミ問題とか言うわけではない
思うところは世の中のバランスだ

 ペットボトル である。

日本ではゴミ、アフリカでは価値のある容器
勿論、売る事もできます。

ペットボトルがゴミになる瞬間とはいつか?

 今でしょ…  

いやいや、悪い冗談はさておき、当然飲み物が無くなった時だ

ここが異様なんですね。

買って早ければ2~3分で

 完全に密封でき…以下略 がゴミに!!!
 
ある意味究極の科学的変化ともいえる。

よくあるゴミ問題のような真面目な話で申し訳ないがいつも
思うので書いてみました。 

これは社会的な科学変化なのだろうか。
というか個人個人それぞれなのだろうか?

自身日本にいるときはやっぱり、

 飲んですぐ捨てる

ゴミと決めるのは自分なのだ。

よく考えればおかしいが

「そういうもの」

なのだ、ペットボトルのゴミの仕分けができている位ですから。
やはりゴミ扱いなのだ。システムですな。

一方アフリカでは、空になってから長いセカンドライフ
が待っている。
というか、そこからが長い。
セネガルで水道水をペットボトルに入れて冷やし
売っているのだが、飲み終わったら返して欲しい
らしく、飲み終わるまで待たれる事もある。

こうして、いつの間にか蓋が別になってしまった
としても、壊れて使えなくなるまでというわけだ

話が飛ぶが、アフリカには自殺はないらしい。

暗い話で申し訳ないが一度聞いてみたかったのだ。

自殺を知らないアフリカ人にその意味を教えると
大概、

 こんなに生きるのに大変なのに何故?

と聞かれるが、これはペットボトルと同じ

つまるところ、大都会に飲まれると自分の価値が
ないように思えてしまう。
という状況が存在するというわけではないか?
田舎だとしても、日本の核家族スタイルだと同じ
ことになりかねない。

金銭面のトラブルや孤独その他いろいろ原因もあるが

結局、圧倒的な物量、都会から流れてくるシステムの前に
負けてしまう。という意味では同じな気がする。

祭りや伝統行事などが消えていくのもそのういうことだろう

うちの近所の祭りは苦情で中止になったりしているが
 
神様の存在がしっかりしていた時代であればギャグである笑

苦情の主の顔が見たい。

苦情を言うからには大々的に個人をむきだしの状態で言って
欲しいものだ。神にもの立場というものがある。
電話一本の出前苦情なんてまさにギャグだ。

人間の社会とそこで生まれる物、システムの量は膨大だ

人間は大きくなることができないのだから、もしそこに安定を
求めるならば、人との交流やつながりも成長しなければ人間は
小さくなる、システムに負けてしまうかもしれない

一人ぼっちというのは人間としてはミニマムな存在である。
アフリカの村や小さな市街地のように他人近所が近くにいていつでも
顔を合わせているというのは、やはり精神的には安定するはずだ。

また話が飛ぶが

村でバラフォンを見るとその存在に驚く。

よくこんなものが赤土の荒れた土地から出来上がったなと思うのである

正に、テクノロジーと言える。この感じは非常に心地よい。

鍛冶屋のオヤジが一生懸命作ったブッシュナイフ、これもまたやばい
存在感だ。

ジェンベなんてまるでスーパースターだ。

「おお!ジェンベだ!!と思ってしまう」

ペットボトル一つで井戸守のおばちゃんが、近所のおばちゃんと喧嘩して
いた。村でペットボトルなんて貴重だ。
空のものを送ってあげたいところだ。

レインボーアガマというよく見かけるトカゲ。

日本では数千円で売られている。
ギニアでは縁起が悪いのか嫌われていたりする。
自分は爬虫類が好きなので、日本にいるときは
ペットショップで眺めて、可愛いなとか、その価値を感じる
アフリカでは価値は感じないが、生き生きした状態を見かける
嬉しくなるが、コナクリにおいてはドブが汚れているため、
長生きはしないかもしれない。

日本、アフリカどっちがいいのか考えることは意味がないかも
しれないが

いつも、楽器を持って帰るたびに、楽器を生かしてやらにゃな、、
と思う。

ジャンベの存在を一度見直すのもいいと思う。

硬い話になってしまいました、失礼しました~

写真は前に書いたマンション

コナクリはブルヴィネにそびえ立つ巨大マンション
まさに「異様」な存在だが見ているといろいろ楽しい。

ギニア上下水道時事
ギニア下水道時情

ギニア、コナクリは水道が安定しないエリアが多い
場所によって大分、様子が異なるのだが
自分の住んだ事があるところではどこも

昼間はある

夜のみ来る

いつもない

といった感じで、常に水があったことなどない。

そんなわけで、立派な洋式便器も淋しそうである

しかしながら、いざ生活を初めるとなんのなんの
快適そのもの。唯一の問題は洗濯だが、服を市場
で買い足して、物量作戦で、汚れものは水のある時
にやるスタイルは鉄板だ。

このように、水があるうちは良いのだが、全くない
というシチュエーション、どのようなものだろうか。

水は基本外で買う

洗濯はすすぎの水を使うので、石鹸は余り使わない

トイレは必ず蓋をする

とにかく節水

ディテールはご想像にお任せします

快適そのものとは言えないが、住めば都とでも
言っておきたいところだ。

アフリカ人は基本、綺麗好きなんでよくシャワー
浴びるし、洗濯もしまくる。

水がない事が本当に生活のアシカセであることは
間違いない。

実際めちゃくちゃ大変でした。

トイレにはブラックミルフィーユ

水屋はなかなかツカマラ無い

Tシャツはナチュラルボゴランに

良い経験でした。


※写真は良いのがなかったので
 ガンビアの盛り上がり続けるお祭り
ストライキの最中ギニアに入国し ある日、空港に用事が出来、ストライキのタイミングを 避けて行く事になった。 皆様もはやお分かりですよね?  車は… お世話になっていた家は大通りから遠く離れた場所に ある上にストライキで危ないという事もあり、自家用車 で行く事になりました。   車は二台有りまして一台はなんとメルセデス    豪華である。 もう一台はもうお分かりの「ポー」だった そこで、筆者自身がまさかサイドに乗るというのも トラディショナル的なお約束。 さて、車は走り出し幹線道路に出る、順調に遅刻だが ストライキ最中ということで空いていた。 しばらく走るとなんと、通行規制が! 前を走る他の車は通行規制を避け、左折。 遠回りだが、致し方無い。  当然、こちらも左折………しないのかよ!?  おい、どうすんだ? と、思ったのもつかの間、見事通行規制にホームラン。  まぢか!? 見れば、前を走る数台の車も加速しながら突っ込んでいる 振り切って通過する車、失敗して捕まる車様々だ もはや、サメから逃げるイワシのようだ。 数匹が犠牲になるスタイル。是非、止めて頂きたい。 お約束というのは恐ろしい。 もちろん、こちらイワシサイド。 あっという間に、ライフルを持ったオッカナイ軍人 に囲まれた。まるで、バイオハザード。 無論、銃口はこちらを向いている。、 軍人は3~4人で、車に近づくと、ライフルを逆さまに持ち変え 車のボンネットやフロントガラスをメッタウチ。 運転手たまらず、外に出て土下座で許しを乞う! 軍人許さず、引き続きメッタウチ。 そこに、救世主、後続の車両登場! ゾンビが餌にありついている間に検問突破! ゾンビ、気付き何か叫びながら、追っかける! その隙に、さっきまで土下座していた運転手が 「今だっ!」 的な感じで叫び、皆さんで押しガケ!! そう押しガケじゃないと走らないのです笑 エンジンが掛かると皆跳び乗り、発車!! 先方の車両に気を取られていたゾンビが気付き 追っかける! 運転手、先ほどの態度(土下座)とうって変わり アクセル全開! ポーという警笛とともに軍人から遠ざかって行く。 こんなオッカナイ体験から学んだことは  1 常識というのは人それぞれ。  2 アフリカにも土下座は存在する。  3 チャンスは一度きり。 スリル満点な事件でした。               おしまい
さて、ギニアの自動車事情を少し紹介したところで
少し個人的な話をしようと思う。

2007年ギニアに渡航した時の事だ。

その年、ギニアは年明けから激しいストライキに突入した。
ギニア行きの航空券は押さえた後だったので、ギニアに
入国するか否か非常に迷って、マリのビザも一応取得し
中継地のパリで結局ギニア入国を決めた。という程、激しい
ストライキだった。
入国時も大分色んな事が起きたが、それは次の機会に
書こうと思う。

ともあれ運良く無事に入国を果たしたが、途中から
ストライキが激しさを増した為、日中も音が出せず
退屈な日日を過ごしていた。

お世話になっていた家の庭で、若いアンちゃんが
しょっちゅう車をいじっていた。車のペイントは
黄色、そう、タクシーである。どうやら、エンジン 
がスポイルしたらしく、二人がかりで修理していた

アンちゃんがアクセルを踏むと、なにやら、
エンジンのシリンダーのようなものが10cm
位飛びだす。それが問題らしく、アクセルを
踏みこみ、飛び出した瞬間に 

「押さえろ!」と、叫ぶ。

シリンダーが飛び出す瞬間、 

 ポー! という機関車的な悲鳴をあげる

慌てて、助手が飛び出ないよう、手で押さえる(笑)

グゥオーン! 押さえろ! ポー!

というなんとも間の抜けた3拍子を、皆で眺める
のも、もはや日常であった 笑  

事件はそんな最中に起きた。

                   つづく
ギニア自動車事情
ギニアでまず、ショッキングな事の一つに車が挙げられる。

最近は大分良くなってきたが、自分が2005に
初めてギニアに行った時は大分ショックを受けました笑

まず、トラックがやばいです。マニアが見たら大喜び
しそうなごつくて渋めのが勢ぞろい。

車が好きな人は面白いかも知れないです。
いろいろな車種が有り、いい雰囲気です。
都会サイドではハマーやフェラーリらしきものも走って
いました。

タクシーもなかなか味があります。基本、普通車をペンキ
でベタベタと黄色に塗り上げます。
後部の窓にはおもいもいのメッセージを書き入れ、個性を
出します。
よくあるのが

 サッカー選手の名前
 
これは、ギニアの選手ではなく世界で有名な人の名前が多い
次は

「ありがとう!グッドラック!!」

のような熱いメッセージ。これも多い。
あとは

 ナイキ、アディダスみたいなスポーツブランド名。

どのタクシーもなかなかのデザインセンスで見てて楽しい
たまにメチャメチャナイスなデザインもあるので侮れない

ただ、見た目はともかく乗り心地は様々で、乗ったら
床が抜けていて地面がシースルーなんておっかない車も
ありました。

こういう末期症状の車は都会でも少し内陸のしかも、
短距離を往復する路線に多い。

タクシーの乗車システムには2通りのパターンがある。
一つは

 「貸切」 

 デ・プラスマン

恐らくフランス語でしょうか。
意味調べたら排除とか書いてありました。
兎角、貸切で車で行ける道なら金次第でどこでも連れて
ってくれる。この交渉にはテクニックが必要だ。
自分はまず、現地語で

「貧乏」

という単語を覚え、運転手にまくし立てる。
アフリカでの常套手段だが、かなりの効き目なのでお勧めだ

渋く厳つい感じの顔の運転手も一撃である。(たまに)
いきなり笑い出して、安くしてくれる人もいる。

これをテクニックというにはお粗末様だがよくキク 笑

もうひとつのノリ方は

「乗合」

これらはタクシーというよりバスと言ったほうが
わかりやすいかも知れない。 

ある一定の路線を周遊しており、その通り沿いで
降ろしてもらう形なのだ。
しかも、ほかの方たちと一緒なので、だいぶ窮屈だ。
ただ、太鼓を習いに来ている自分たちにとっては
なんにも関係ないギニアの人たちとコミュニケーション
を図るには最適かも知れない。
自分はよく、話しかけていろいろ質問する。
コメの大袋の値段から、欲しいモノが売っている場所
ライブが見れるバー等、過去、この場で掴んだ情報は多く
かなり役立っている。

ちなみに2005年の時点では、普通車に基本前助手席
二人、後ろ4人のスタイルが通常だったので、運転手を含
め7人乗りでした。
助手席はかなり辛いので、まだ後ろのほうがいい感じです

後ろもフクヨカナアフリカママが二人以上の場合、かなり
の圧迫感である。骨盤がしまって痛気持ちよかったりも
するが、ママ、自分、ママの場合、発泡スチロールに
ピタリとハマった新品の人形のような気分である。

ママは暑くなければ、柔らかいのでかなりきもちいが
日中のクソ暑い中、渋滞にはまった時などは、
ご想像におまかせします。

タクシーは基本こんな感じで、さらに安いのが、

「ソトラマ」

これはハイエースのような車種の内装を打ち抜き、大勢
乗れる形にしたミニバスである。

これは、乗客大勢載せるため結構危険もある。
もし事故った場合、かなりやばいと思う。
内装も鉄が切りっぱなしになっている事もあり、揺れた際
そこに背中をぶつけて怪我をすることもありリスキーだ

基本乗用車の乗合と同じで路線がが決まっていてシステム
も同じだが、かなり安いのだ。

通勤に最適というわけで大人気だ。

なんてタクシーの紹介になってしまいましたが。

一つ忘れられない事件が有りました。

                    つづく   


写真はおしがけをてつだわされてるところ 笑
                                                        
















 




ギニアといったら
ドゥンドゥンバ

が楽しいなと思い続けて10年位
はじめて3.4年位からこのリズムに魅せられ
止められなくなった原因ともいえる。
やはり、太鼓人生長くなってきた今も一番好きだ

一般的に難しいと言われがちなリズムだがその
分奥も深いこのリズムは本当に人と音楽を楽しむに
最適だ。

バッキングは一本のオールで進行する
ジェンべ、ダンサーがショフ(盛り上がる所)
に来るとなんとオールが二本になる。

という分かりにくい表現が出てしまう位に
奥行きがひろーいのだ。

オールというのはリズムの進む力だ。

普段は皆有る一つの点を目指している。
ところが、ショフに入ると二つになる。

ドゥンドゥンバが好きな人には恐らく
通じる話であって欲しい笑

無論、あくまでも個人的な感覚の話です

ただこの点の進行、不思議な魅力に溢れて
いる。実際のテンポは早くせずとも点の
コントロールによりスピード感覚とノリを
変えるのだ。
つまり、フレーズはともかく、ドラマーは
ダンサーに点を送り続けている。

この点を感じている人とドゥンドゥン
サンバンの組み合わせになった場合
二つの太鼓は一匹のヘビのようにうねうね
と歩き出す感じになる。
最近、音楽をしていると、散歩をしている感じに近い
と思うようにになってきた。
散歩に蛇行や寄り道はつきものと言えよう笑

目的地にたどり着くのは当たり前として
その経過が楽しい。

現地でも、この二つの太鼓が仲のイイ同士
だと凄いことになる。
二人の持ちネタ炸裂で最高なグル-ヴを提供する

そこに居合わせた人々は最高である!実際最高でした。
バリエーションやブレイクのかみ合わせや入れてくる
ところがヤバい!!
そこがそんなに盛り上がるとは!!
なんて、驚きがいっぱいだ


太鼓で会話するのは本当に人と人が生命の鼓動で
会話してるように見える。

それが実に楽しそうでイイのだ。
こういう相手がいてこそのドゥンドゥンバともいえる。
サンバンプレイヤーがDJ感覚で曲を変えられる
システムも飽きの来ない理由の一つだ。
曲のつなぎのうまい人が叩けば必ず盛り上がる

ともあれ、自分がウリャーっていうときに
仲間も一緒のテンションで打ち返すっていうのが
最高過ぎてやっぱやめられません笑


さあ!皆でレッツドゥンドゥンバ。

写真はマタンのドゥンドゥンバ

ナンシンボンド4

 さて、祭りも終わり村はいつものひっそり感につつまれた。

 マスター立ちの後に続き、家に向かう。
 途中、クティリバ叩きにたばこを半ば強引に購入させられるのも
 お約束だが、もう一つ大事なお約束があった。

 村で唯一のパン屋にいってパンを予約するのだ。


 家路に着くと、相変わらず広場に椅子を出して皆で座った。

 軽く談笑していると、あたりはいつの間にか暗くなり太陽の
 代わりに月が出ている。

 これが明るいのだ。
 大げさに言えば昼とあまり変わらない。
 ヤシの木の上に見える満月は、日本と同じはずなのに違って見える
 のが新しく面白い。
 雰囲気とは視覚だけでなく、外の香りで決まるのだろうと確信した

 アフリカの村の香りは独特だ。
 何とも言えない土臭さなのだが、懐かしいような感じもする。
 カヤイに関して言えば海から遠く離れているのだが、まさにそんな
 匂いだ。
 香りの主成分はなんと牛糞な気がする。
 ものすごい乾いているので臭くないが、干し草に土が混じったような
 匂いなのだ。
 
 昔の日本の村もこんな匂いだったかもしれないな。とおもっていると。
 都会のマスターが予約しておいたパンを買ってきた。

 これがうまい!!その名も

 「タパラパ」

 硬いパンはこう呼ばれるらしい。
 西アフリカでごく一般に見かけるバゲットのことだ。

 が、カヤイのタパラパは一味違う。

 どこがちがうか。
 先ずはサイズだ。都会で見かけるパンは皆大きく硬い。
 朝はこれに豆の煮たやつだとかアボカド、肉なんかをはさんで
 マヨネーズ責めにしたやつを食う

 カヤイのは小ぶりで少し白くフカフカもちもちなのでパンだけ
 で十分うまい。

 夜、外の椅子に座りタバコフカし、ヤシの間から覗く満月を眺め
 ながら食うタパラパは

 「プライスレス」

 といっても過言ではない。
 アフリカの村に行くと豊かさとは何ぞや?
 と、いつも考える。

 というのも、人類の原点のような雰囲気を村自体が醸しているし
 空気感や時間の感覚もいつもどおりではない。
 住めと言われたら分からないが、やはり、そうしてみたいなと思う
 節があることもまた事実である。

 都会は時間とモノを引換にする生活だが、引換にするモノが食べ物
 最低限の身の回りの物以外、そう溢れていない村においては

 考える時間と楽しむ時間が与えられる。楽しめるかどうかは
 人それぞれだろうと思う。

 サリフケイタの歌詞に

 「時間は創造と楽しみのためにある。」

 というのがあったが真にそのとおりである。
 うちのバンドではこの歌詞をサリフが歌うたびに
 盛り上がっていた(笑)
 ナンシンボンド2で紹介した一日中空を見上げているじいさん
 もあれでいてナカナカ楽しんでいるのではないかというのが
 この旅の自分的な結論になった。

 いやー旅ってホントにいいもんですね。

 勿論、プライスレスですね。
 
 写真は都会のマスター!ありがとう!
 


                      おしまい









 

 

 
  

ナンシンボンド3
カヤイ村が如何に味わい深いかはお伝えしたと思う

 以前書いたが、自分たちの行ったじきは丁度
 割礼シーズンでした。
 ナンシンボンドーと言う精霊?かな
 儀式の真っ只中でした。

 村外れでマスターカセイが叩くと言うのでつ
 いていって見ると、隣村から、男の子の集団
 が歩いて来ました。
 みな黒装束に、飴とビスケットに穴をあけて紐に
 通してある飾り物を肩にかけていました。

 カセイの太鼓チーム面子が子供らの引率のオジサン
 と何か話していました。
 まるで日本の子供御輿が休憩によっている感じ
 でなんとも言えない懐かしさを感じた。
 お菓子の首飾りも、皆で真っ赤な炭のなかに
 千枚通しをいれ、刃が赤くなった頃に取り出し
 焼いて穴を空けると言う作業をお茶をしながら
 近所のアンちゃん達がやっていた。
 小さい頃にやってもらった事を次の世代にして
 あげてると言うわけだ。
 
 「村」と「縁」

 と言う人類的な営みを感じた。

 余りに色々なものを見たのでうろ覚えだが
 確かこの後、暫くしてナンシンと呼ばれる
 精霊のようなものが出没した。
 全身藁でおおわれていて、口に何かくわえている
 手にはカンクラン(以前の記事参照)のサーベルと
 違い、棍棒を持っている。
 カンクランはおっかないがナンシンはどこか
 コメディである。
 
 ところで、ナンシンのリズムは速い。
 タイムキーパー的なクティディンディンは高速
 フレーズを刻む。
 顔は涼しげだが、手元はとんでもない事になって
 いる。
 速いが決して決して無理のない動きに見とれてし
 まう。個人的にはソールーバはソロよりも
 伴奏側のグルーヴにやられてしまう。
 ジェンベのグルーヴが機関車だとすればソールーバ
 は軽快なチャリンコである。
 小さなフレーズがキャタピラのようにくみあわさって
 継ぎ目のない心地よさだ!!
 低音担当のクティリバはドゥンドゥンのような感じだ
 この楽器は良く喋る。
 以前も書いたかもしれないが、都会方面ではクティリバ
 がソロをとっているのをよく見かける。
 個人的にこの楽器に魅力を感じてしまうのはやはり
 自分がドゥンドゥンをメインに叩いてきたからだろう。
 兎角、倍音の多い音が気持良いのだ。

 この最強グルーヴのバックにカセイのソロが炸裂する!

 筆舌に尽くしがたいとはこのことなのだ。

 カセイは一言でいえば、ありえないプレイヤーである
 ソールーバ叩きという生き物にまで到達している。
 カセイの手は、撥が持ちやすいように変形しており
 おそらく、ペンなどはうまく持てないのではないかと思う
 
 特に親指が特徴的なのだが、説明できないので、見たい人
 はカヤイへ行ってもらうしかないです。笑
 祭りの時、カセイが目の前で激しくソロを叩くので、
 お金をだすと、ロールをしていた撥の方で金を受け取るの
 だが、撥を止めてもロールの音があまり変わらないかった
 よく見れば手で叩く左手の動きがおかしい。
 片手でロールしているのだ。

 「ありえない。」

 呆然としてしまうくらいに動物的な動きだ。
 もはやこの人にかなうプレイヤーなどいないのでは?
 と思ってしまう。
 
 あまり説明も野暮なので行ける方は是非、会いに行って
 いただきたい。

 しかもこのおじさんアクションが半端ない
 スライディングしてすぐに立ち膝になり叩きまくったり
 飛んだり跳ねたりしていた。もはや誰にも止められない笑
 
 そこにクティリバプレイヤーが絡む!!!

 やはりスライディング、後に寝転び、叩きまくる!

 とにかくスライディングが流行っていた。

 なんとも過激でイカしたフェットだ!!
 楽器が軽く扱いやすいのもこうしたアクションに一役買って
 いるのだろう。
 音も軽快で重くないので垣根が低く、楽しい。
 
 いやー最高なお祭りでした。

 祭りのあとはいつもどおり動物の声のみの静かな世界に
 戻りました。

 この村、この時間からが楽しいのである。

                      つづく。

 写真は村の写真が消えてしまたのでカヤイは関係ないですが
 都会のカンクラン。あしからず笑
 
  
 
 

 
 
 
 
 
 
ナンシンボンド

ナンシンボンド2

村に着くと早速太鼓のマスターの家に案内された。

都会と村が近いせいかあまり外人に対しての好奇心は感じない。
景色は村そのもの。もちろん電気等のライフラインはない。

のに、携帯電話は持っていてるよく歩き電話をしている姿を見か
ける。聞けばモスクに有る太陽光で充電できるらしい。
電気がないのに電話というのが非常にアフリカらしく感じた。

マスターの家の前には小さな広場が有り、大きな木が植わってい
て木陰でくつろげるのだ

とりあえず荷物を下ろし、木陰に椅子を出されて座らせられた。
その間にマスターが自分ら用の小屋の中を整理し始めたのだが、
何やらガサガサやるたびに入口からホコリやらニワトリがコケ
コケ出て来たりするので不安になった。
そして、正にその不安は的中。

 小屋は長屋になっていて3つに間仕切りされている

 右端 ヤギ部屋

 真ん中 自分達

 左端  ニワトリ君

 といった部屋割りで…・・まぢですか?!笑

マスターはカセイというのだが、御年50くらいで、彼はどうや
ら動物に好かれるらしい?

彼の家にいる動物をざっとあげると、

ニワトリ複数、犬大勢、ヤギ多数、ロバ二頭。

とここまでは理解できる。

小屋は手前の部屋と奥の部屋、に別れていて、手前の部屋は荷物
を、奥の部屋はベッドがあった。
ベッドにはボロボロホコリまみれの蚊帳がかかっていたが、たる
んだところにコウモリの糞やらネズミの糞やらがたまっており、
非常に不快的だった。笑

問題は夜中だ。間仕切りされているが仕切りが低く、完全な個室
にはなっていない。
そのため、ヤギ君達の寝息がダイレクトに聞こえるのだ。
そしてたまにニワトリが朝と勘違いしてコケコケ言う。
さらには、外からロバの交尾の叫び声だ。
部屋に間違えてニワトリがは行って来たり、気が付けばコウモリ
がぶら下がっていたり屋根裏からネズミの走る音がしたと思いきや
、その後を追っかける大きな動物の気配を感じたり。
その動物は後日オオトカゲと判明しました。
連れが大きな声を上げたので行ってみると天井の穴からオオトカゲ
が顔を出していたとのことでした。


 こういうのは初だが、言うなればブレーメンの音楽隊状態だ。笑

そんなこんな?で強烈な洗礼を浴び、村の生活が始まった。
紹介してくれた友達は電話で

「あまり長いは出来ないと思うよ。」

「え?なんで??」

「言ってみればわかるよ。」

なるほど!良くわかりました。笑

目的は太鼓を習ったり、村の行事を見たりすることだったのだが
日中は暑いので何もせず、休んでろと言われる。あまりに退屈なの
で散歩に行くが確かに暑い!
結局、ぐてっとしていた。
マスターの庭からヨシズで出来ている大きな建物があった。
建物からは一日中太鼓の音が聞こえて来る。
流石に気になるので何か聞くと、小さな男の子達が大勢中に入って
いるらしい。
あまり詳しくは教えてくれなかったが、どうやら割礼と関係あるら
しい。
一か月ほどその中で集団生活をするらしい。
その間、一歩も外に出れないという事だった。

小屋までの細道を若者のアンちゃんたちが小屋に出入りするためし
ょっちゅう往復していた。


青い空、白い雲、強烈な太陽。木陰で休む牛。

完璧にアフリカの村だ。
気が付けば、広場の端っこに毎日座っている長老の様なおじいさん
がいた。結局、あいさつ程度の会話しかしなかったが彼の存在感は
デカかった。
毎朝必ず、広場の端に行き、壊れた馬車の荷台に腰掛け、空を眺め
ているのだ。
朝から夕方までそこで何を思っているのかは彼のみぞ知るだ。

とにかく、このカヤイ村、味があるのである。



                             つづく











 
 南信州のかたは

おっ!

と思ったかもしれませんね。

 ナンシンボンドー

ガンビアの精霊?かなにかですかね
良く分かりませんが、そう言う化け物
が出没する祭りです。

友人の紹介で村のマスター

に習う事ができる事になり、自分達のいた
都会サイド~田舎へ行くことになりました。

出発の日に朝早く出ようと思い

思っただけで、お約束のドロドロアフリカンタイムに
早々に巻き込まれました

先ずは出掛けの、ママの引っ張りである。

朝ごはんがもうすぐ出来るから食べていきなさい。

このヒト事の威力たるや真に絶大である。
どんなに急いでいてもこれが出ると急げなくなります

師匠のママは通称

「ママ」である

結局、最後までママと呼んでいたので本名
はしらない。
師匠のママは非常に優しく親切で大分太め
でチャーミングな感じである

ママは何処の国でも世話好きである。

トイレに行く際に持って行くプラスチックヤカン
を間違えて顔洗い用のを持っていきそうになると
慌ててトイレ用のヤカンを持って来てくれる 笑

今思えば

「この外人放っておくと、とんでもないことしでかすな」

なんて思われていたのかもしれない笑

慌てて走ってくる感じがまたチャーミングなのだ。

話がそれたがママが一度ご飯の事を言い出すと無論誠に
ありがたいのだが食べるまではなかなか動けないのだ。

お察しの通り、

「もうすぐできる」

のすぐというのは30分以上1時間半未満なので、出発
には大分時間を要した。

朝飯も食べ、ようやく出発と相成りました。
因みに朝飯はモノというおかゆにバオバブの実のソース
がかかった一品でした。
ソースに酸味が有りなかなかうまいが甘い為一杯は食べれ
ない。

お次はタクシー問題だ。

師匠の家から通りまでは歩いて20分。

結局タクシーつかまえんのに30分以上かかって乗り込み
最初の目的地の首都バンジュール港を目指した

ガンビアはガンビア川を挟み北側南側に分かれています。
自分たちが目指す村「カヤイ」は北側、自分たちがいる
場所は南側なので、一度、海側の湾に出て北側に渡るのだ。

港に着くと早速船着き場に行き、船の様子を見た。
やっぱり、ここでも大分待つようだ。
というのも、当然船は乗客がいっぱいになるまで待つ。
しかも、お約束の洗礼の集中砲火だ。
皆、船に乗るのに肩車をしてもらい乗るのだが、チップが
必要なのだ。自分たちは完全なるカモ。マガモなので、想像
どおりの結果で、結局もめごとが大きくなり、師匠とバイト
が喧嘩になり、揉みクシャになりながら。
なんとか舟に乗り込んだ。
舟といってもボートがそのまま大きくなっただけで、
かなり不安な感じだ。
炎天下のなか皆グッタリ待ち続け、当然待ちくたびれ
た頃に出発となった。

3、40分で対岸についた。降りるときがまた大変だ
行きと同じくバイトのアンちゃんたちが押し寄せてくる
客を求めサマヨウ姿はゾンビ的だ 笑
ここでもお約束通り喧嘩になり、師匠とバイトが大喧嘩
になってしまった。騒ぎを聞き付けたポリスに警察小屋
に呼ばれて事情聴取となってしまった。
既に日は高く、既に疲労感満載だ。

事なきを得た後、ようやく次の目的地のバス停向かった
バス停は広く土産モノやら飯屋やらで賑わいをみせている

一息ついて安心したせいか便意が訪れて来ました。

広場のすみにコイントイレを発見した。
ワンコインで手洗い用の水をトマト缶いっぱい渡される
システムである
管理トイレといっても、特に綺麗ではない
常に人が使用するため床がびしょびしょ、不快指数は高め
以前サンダルが壊れた際に、鼻緒を拾ったロープ出直して
使っていた。

「貧乏」

というあだ名がついてウケるので好都合だったが、
このタイプのトイレにはいった時、

鼻緒を伝って暗黒の液体が

と言うわけで、用をたしバスが発車するのを待つ事
1、2時間。
空は快晴、なのにすることがないのはなかなか辛い
バスに乗せるため歩かないヤギを子供が蹴飛ばす
物売りが近寄ってくる
等を眺めているうちにバスの発車時刻が来た
つまりは客が定員に達したということだ

炎天下のバスは辛い

最終的にズボンがお漏らし状態になるので
非常に不愉快だ。

お漏らしになりながら耐えること3時間程で
ようやく村についたのだった。


                   続く








カソンケ族
カソンケ族

カソンケ族はマリの西側に多く
いる部族らしい。
以前D 氏のイベントをやった際にフライヤーの紹介欄に
東京都在住のマリ人課損家族…
等とふざけた誤字をしてしまった事に未だツッコミが入るのでここで謝りたい。

失礼しました。
カソンケ族は課長が損する家族ではありません。

ところで

ギニア、マリを往き来するうちに自分のなかで1つ気になる疑問が浮かんできた。
それはスス族とカソンケ族の関係
である
知っている方も多い?と思いますが両部族の太鼓(カソンケドゥンドゥンとスス族のボテ)ともに片手にベルをぶら下げ、片方にバチというスタイルなので似ている事は一目瞭然だが、見た目以上の共通点を感じた事がある

二時間のクラスを受けた時の事だ
重いババ(ベル)を一時間ぶら下げていたため、左手が痛くなってきた。
二時間は長かったなと後悔しつつ
「ちょっと休憩しようよ」
と言うと、
「なんだ?もう疲れたか?」
「俺なんて8時間は叩けるぞ」
と言いバカスカソロを叩くので
「じゃあ、ボテでやる曲を聞かせてよ」
と頼んだ。
すると、ヨキ、ドゥンドゥンバ、マネ、カサ、ソリ、ランバン、コンコバ等
を順繰りに見せてくれた
まさか、ボテでドゥンドゥンバのようなマリンケチューンをやるとは思わなかったので、びっくりしたが見ているうちに1つ気になる事があった。 マネ、ヨキ、ランバン等はベルのパターンが豊富なのだ。無論達人なのでどの曲においても超絶なのだが、どうやら古くからやっていた曲に関してはベルのパターンのメロディーが豊富でヤバイ

勿論、言うまでもなくカソンケの方もダンサ、サンジャ、マラカ等恐るべし年輪を感じるリズムもあればンギリ、スヌーのようにワンパターンなのもある、ソロを叩けと言えば叩くが、ダンスとのコンビネーションは少ないのだろう。バンバラ族等のリズムは余りカソンケと関係ないようだ。マラカ族はカソンケ族の近くにいるのでカソンケドゥンドゥンでマラカは演奏されるようだこの辺の曲によるフレーズの落差はカソンケの方があるかもしれない

マリのサンジャとギニアのランバンはメロディーは同じく聞こえるが、リズムをとっている位置が違うという話によくなる。

つまり、リズムの取り方がマリのサンジャと同じかということだ

良いチャンスなのでこれは確かめねば。と思い聞いてみた。

思った通りサンジャと同じでした。
どうやら、マリンケの人はいわゆるランバンと言われている方でとっているが、スス族はサンジャと同じでした

ボテのランバンヤバイです。ベルのフレーズがいわゆるポリリズム状に不規則な形をとっている。
こんな曲がまさか歴史的に浅い筈がないと確信できるくらいにバリエーションに富、メロディーのストーリーしっかりしている。

カソンケのサンジャは言うまでもなく「ザ、オリジナル」な雰囲気だ。

あくまでも個人的に思っただけの話ですが似てますなー

因みに今年バマコで東京都民のカソンケ族D氏と一緒にいましたがこの話を持ち出したところドッカンドッカンに盛り上がりも見せたので、お心当たりあるかたは尋ねてみると非常に楽しい時間を過ごせる可能性があります
ギニア人 IN GAMBIA PART6

 さあ、最終章です

 いろいろとリサーチを繰り返したのち

 いよいよ、約束のイエローモンキーのLIVEの日になりました

 午前中は用事を済ませ、午後から少し早めに出発しました
 セネガンビアに行けばWIFIのあるレストランやカフェがある
 ので、少しインターネットでもしようと思った次第でした

 前も書いたようにセネガンビアは主にイギリスや英語圏の白人
 が観光でこぞって遊びに来てる為、メインストリート沿いの
 レストランなどは、観光客でぎっしりスニッカーズ状態。

 太鼓を叩きに来ている自分たちとのテンションの差がすごい
 皆、人生を謳歌している状態なのでスーパーハイテンション
 ガンビア人も、綺麗な恰好をしている者も多く、いろいろな
 チャンスを感じて集まっている感がまるだしで、社会科見学
 にはぴったりでございます。

 嗚呼、バビロン。

 紙幣という紙切れに踊らされてしまう社会の縮図なのだ!
 なんて、誰かが言ってたような事を色々考えますね

 とりあえず、メインストリートを散歩。
 まずはイエローモンキーを探さねば・・・・・。

 海沿いの香りたっぷり含んだ湿気がちな夕方の空気感と、 
 人生を謳歌する人々の喧騒がコラボする独特な感じの中 
 歩いていくとメインストリートは突き当り、左へ曲がる形
 になっていた。
 
 いかにも「ショウをします」

 といった雰囲気のレストランは結構あった。ヤシがこれ見
 よがしに植えてあり、ザ・ジャングルといった風貌の店は
 かなりスタンダードと言える。
  
 ビックリドンキーとあまり変わらんが 笑
 
 壁には

 FRIDAYNIGHT AFRICAN SHOW!!!

 みたいなポスターが貼ってある。
 いったいどれだけのチームがここで稼いでいるんだろう
 おそらく、太鼓だけではなく、ンバラのバンドやコラの
 演奏なんかもやっているのだろう。

 ある意味じぶんたちにとってパラダイスだ
 イギリス人は近場にこんな国が有って羨ましい。
 航空券も安く、習いたい放題ではないか。

 また、直ぐこんな風に考えてしまうのは良くない 笑

 左折後しばらく直進すると、でました

 YELLOW MONKEY HOTEL
 
ホントにあった!イヤーなんとなく悪意を感じる名前。
 
 アーチをくぐるとバースペースが有り、太鼓がスタンバイ
 されていた
 
 しばらく時間が有りそうなのでまた散歩に出かけた。
 本当にこのエリアだけはまるで別の国に来たかのように
 栄えている。
 しかしながら、風情という意味ではゼロである。
 これではガンビアは味わえない。
 観光というのはえてしてそういうものなんだろうと分かって
 いてもやはりつまらんものはつまらん。

 自分たちがステイしてる場所の通りに比べて人は多いのに
 寂しく感じた。あまり盛り上がらないのでイエローモンキー
 にもどってみると意外に早く始まっていた。

 アフリカのliveと言えば2時間はゆうに押すのがお約束
 だが、さすが白人相手、時間キッチリだ!

 みな、バッチリ衣装をまといキメキメだ。
 こないだ、一緒にふざけていた連中が見事に舞踊団になって
 いた。

 しかも、かなりの人数で年配の者もいる。
 突然けたたましいジェンベカンが始った!

 スゴイ!!!!!!!!!!!!!

 30歳くらいの長身アンちゃんソリストがヤバい!
 ジェンベカンからリズムが始った。
 やはり超スピードだ。

 客の盛り上がりもナカナカである。口笛も飛び交う。

 兎に角ソリストが半端ない。超スピードの中を縫うように
 軽快でストロングなソロをたたきまくる。

 彼の名は「ヤムサ」

 ギニアでもすごい人はいっぱいいるのだが彼のリズムの
 タイミングは気持ちよすぎる。イケイケなのに乱暴では
 なく、軽快で強い。人柄も出ているのだろう。

 この数日後に少しだけ習ったのだが、やる気満々で優しく
 引っ張ってくれる好人物だった。
 
 説明が難しいがリズムの立体感が半端ない。
 ソロが気持ちよく浮き立つのだ!!

 最高だ!!

 で、ダンサー登場!!

 笑 まるでフリがそろってない。
 
 ダンスはちょっと面白い感じだ。愛嬌と言ったところか

 ダンサーが籠をもってお金をあつめるっ!!

 飛び交う札束!ユーロも入る!!

 今夜はパーティー!!って感じですね。

 いやーすごい!!

 が、少し寂しい気分になったのと、永遠続きそうな感じだった
 ので早めに退散しました。
 確かに、あれだけのお金をもらっていれば食べるに困らない

 あとはご想像にお任せします。

 ただ、彼らの強く生きていく。という姿は尊敬の一言でした。

 籠にお金を入れた後、ホテルを出て2軒先のWIFIの取れる
 レストランに入りました。

 メニューを見るとやっぱり高い。

 っといっても一人前1000円超えるくらいですが。
 とりあえず腹も空いたので、プレヤッサを二人前。
 で、WIFIの調子はというと、やっぱり超低速。
 
 ほとんど何もでいないままプレヤッサが来てしまった笑 
  
 当然激ウマでした! アー美味かった。

 そうこうしているうちにイエローモンキーのショウは
 終わったらしくアーティストが通りを歩いて帰る姿が見えた。
 終わったらすぐさま退散。当然でしょう。

 一瞬声をかけようか迷いましたがやめときました。
 
 タクシーを乗り継ぎ、家路に着くと先生が通りまで迎えに
 来ました。

 「おかえり!どうだった?」ときかれ

 「あー!良かったよ」

 と他愛もない会話を交わしました。

 この時、ようやく地に足が付いた気がしました。

 本当に社会科見学な一日でした。

 三人で家に帰る途中先生の好物のバナナミルクを買ってあげると

 「お前俺の事良くわかってるじゃねえか!」

 と言って笑ってました。

                          おしまい。

 写真はショウのポスタ


 
 
 



   


ギニア人 IN GAMBIA PART5

 さて、無事にまンジャイポリスに到着した自分たちでした
 タクシーを降りるとポリスの群れといきなり遭遇してしまった

 しかもごつめの警官と目が合ってしまった。

 また日記のネタが増えそうなシュチュエーションだ 笑

 面倒なことに、思いっきり睨みを利かせてくるではないですか
 と思いきやいきなり表情がゆるみ

 うそぴょん

 みたいな感じでニコッと笑い話しかけてきた
 「うそぴょん」に深い憤りを覚えたことを覚えている


 チャイナか?と聞かれたのでジャパンと答えると珍しい
 ようで皆で「おい、日本だってよ」みたいな感じで盛り上が
 っていた。

 ちょうどいいので太鼓屋の事を聞いたところ

 「直ぐそこだよ、あのドアにDJEMBEって書いてあるだろ?」

 通り向かいに、楽器の絵がやたらと書いてあるドアが見えた

 早速敷地にはいった。だだっ広い庭の真ん中の木の下でアタヤ
 をしてる輩が数人。みな、神妙な顔でこっちを見てくる
 先ほどのポリスと同じ展開になった。
 なんとなくギニア人っぽかったのでスス後で話しかけると
 一気に盛り上がった。

 お前スス喋るのか?

 お約束の盛り上がりに付き合いアタヤをもらった
 これがまた曲者だ。
 毎日アタヤを飲みたいわけでもないのに4~5杯は飲んでしまう
 大量の砂糖が入っているので良く考えると恐ろしい
 アフリカ人の友達の親が糖尿病にかかっている確率は高い
 皆でワイワイ楽しい時間なのだが、結構アブない。
 
 「砂糖の取りすぎはヤバいよ!」

 「馬鹿、俺はそんなことぐらいわかってるよ」

 「俺は砂糖はほとんど入れないんだ」 

 とか言って角砂糖6コ分ぐらいを容赦なくぶち込む
 その時の笑顔はなかなかインパクトが有ります。
 こういうのがアフリカの醍醐味といえよう?

 アタヤあとに小屋へ案内されると
 ジェンベのボディが数本。
 もっと大きな行動を想像していただけにガッカリ

 もう行こうか?ということになり敷地を出ると
 真向かいに青空食堂みたいなのが出てたので
 ちょっとよってみた

 「お、どこから来たんだ?」

 以下略

 お約束の会話をしスス族の人ということが判明した
 どうやらこの食堂はギニア飯屋のようだ。

 ソースのはなしでバカバカ盛り上がり倒した後
 帰ろうとしたら

 「え?食べないの?」

 みたいな感じになり
 悪いことしたかなと思いつつ歩き出した
 
 どうやらこのあたりはギニア人が多いようだ
 他に太鼓屋があるかもしれないとお思い、周りに聞きまくると
 1人のおぢさんが歩いてる若者を捕まえ、紹介してきた

 「こいつギニア人で太鼓屋を知ってるぞ」

 アンちゃん確かにススボーイに間違いないゴツい体型でした

 「いこうか?」と言われ、挨拶もそこそこに歩き出した

 優しい感じだがあんまり愛想なく、さして話も盛り上がらず黙々
 と歩いた。15分くらい経ったところでおおきな家に着いた
 敷地に入ると中に家が何軒かあり、なかなかいい雰囲気だった。
 
 アンちゃんに太鼓屋を呼ぶから少し待っててくれと言われた
 
 昔BARだったような建物が有り、中に太鼓が有ったのでみてい
 ると若干薄暗い部屋の奥でゲームをしているのが見えた

 将棋の様なチェスの様なオセロの様な恐らくどっかのそういう
 類のゲームである。ギニアでもよく見かけるがボードや駒が手
 作りなのでそう見えないが、きっと西洋のゲームだと思う。

 あからさまに輩臭ムキだしのアンちゃんたちが卓を囲んでいる

 タバコ 卓 輩 がそろって大分ガラが悪い感じである。

 雀荘かな?つまりは

 ここで思ったのはというか以前から思っていたが、
 ギニア人はゴツい

 卓を囲んでいる姿が悪すぎてチョット話しかけずらい感じだ
 そもそもウスマン達よりもかなり年上の様だ

 スス後で話しかけても一瞬一瞥くれるだけだ

 とりあえず、彼らもイエローモンキーでライブをしている
 ということが分かった。
 どうやら曜日で色々な太鼓チームが叩いているらしい
 
 そうこうしているうちに太鼓屋のお兄ちゃんが来た。

 「いくぞ。」と言われ歩き出した。

 アンちゃんがチャリンコに乗ってるのを見てやな予感がした。

 まさか、遠いのでは? 

 「遠いいかい?」

 「いや?遠くないよ。」


 この会話、順調に怪しいな  

 と思ったらやっぱり30分位歩く羽目に。

 しかもついてみると太鼓屋でなくまた集合長屋
 一室にジェンベやサバールがおいてあった。

 友よ、さあ!!心置あきなく買ってくれ

 みたいな感じだったので速やかにおさらばしました。笑 

 この日は疲れたのでこれにて退散しました。


  写真は青空食堂                      つづく

 


 
 


 




 



 
ギニア人 IN GAMBIA PART$

 さてさて、イエローモンキーHOTELってなふざけた名前
 のHOTELでのいライブに行く約束をした自分たちですが

 実は、他にもギニア人の方法をゲットしていたので
 こうなって来ると 

 他も気になる。

 というわけで、そちらも覗いてみようということになり
 ました。

 もうひとつの筋は、友人より紹介された

 「マンジャイ」

 というエリアにはジャンベ屋があり、ギニア人が屯して
 いるぞ。

 というわけである。
  
 早速、行ってみることにした。
 道行く人に聞くと、どうやら前回?も出た中央ビッグマ
 ーケットの

「セレクンダ」

 から乗り継ぐらしい。まず、セレクンダへと向かった。
 マーケットに着くと、相変わらずの盛り上がりを見せる
 アフリカ特有のいろいろな香りがする。
 その「香り」は良くも悪くも立体的だ。

 魚の腐ったような匂いに、チューライ(樹脂のお香)
 の甘い匂い、砂埃や、飯屋の何かを煮込んでいる香
 
 等が副鼻腔壁を刺激しまくる。

 そのキャパオーバー気味の感じこそが西アフリカの文化
 とも言えるのでは?

 いや、そこにさらに刺激的な音
 
 物売りのけたたましい声、中には拡声器で叫んでいる者
 トラブル、喧嘩の声、バイクや車の音、交渉する声など

 が加わると更にキャパオーバーで

 もう、奥行による奥行。

 曼荼羅の世界に近い。
 
 これはアフリカの音楽の仕方近い。
 自分の言いたいこと、行きたい方向、やりたいことに向か
 ってまっしぐら。

 そのエネルギーが上手く重なり合ってひとつの大きなエン
 ジンとなっているような感じだ。
 決して人には流されず、皆強く進んだ結果
 人工的ではない協調性に似たモノが生まる。
 
 なんてくだらないことを考えながら歩いていると
 布屋外に突入した。
 ツレが見たいと言うので、折角なのでしばらく見ることに
 した。

 たまたま入っ他布屋になんか見覚えのあるやつがいた

 「他人の空似」

 というのはまさにこれ。
 そっくりというわけではないが背格好、フィーリングは
 ドンピシャ。

 ギニアでいつも一緒にいる若者に似ていた。
 やつは少しトロい。いつもビジネスを持ってくるのだが
 失敗するという平和なお約束の持ち主だ。

 彼のために名前は「A」としておきます。

 A似の彼は、ツレが選んだ布の計算を電卓を使っている
 にも関わらず、全くできない。

 モタモタしたそのさまがまったくAと同じなので、失礼
 だが爆笑してしまった。
 結局、ツレと近くにいたボスに怒られ、ボスが計算した。

 余りにもおもしろすぎたので、ふざけて

 「OH! ベリー、ステューピッド」

 とか言って馬鹿にしていたら苦笑いしながらヤメロよと
 言っていた。そのさまもさらにAに似ているので
 ギニアが懐かしくなってしまった。

 ありがとう。

 という感じでセレクンダを満喫し、腹が減ったので
 マーケット入口のアーチの真向かいの食堂で飯を食うこと
 にした。

 Aと遊んでいる時から、チェブジェンの匂いがしていたの
 を嗅ぎ過ごすわけがない自分の嗅覚には我ナガラ脱帽だ。
 ちょっとわかりにく2階にある食堂もしっかり発見できた。

 ちょっと高めの店だった。テラスがあり、マーケットを見
 下ろしながら食事ができるのだ。
 早速テラスの席に着くと隣は白人のおばちゃんと恐らくガ
 ンビア人の彼氏。だいぶ年の差があるなーと思いつ、チェ
 ブジェンを注文した。

 すると、隣のテーブルに別のガンビア人が来た。
 トイレに行っていたらしい。
 
 彼は濡れた手をズボンで拭っていた。

 彼のポロシャツにガンビア観光局みたいなロゴが入っていた

 そう。前にも書いたがガンビアはイギリス領だったのでイギ
 リスからの観光客が多いのだ。

 彼が何を言っていたかは定かではないが、色々と力説をして
 いる様が面白くコメディとして観賞に耐える出来栄えだった

 そうこうしているうちにチェブジェンが出てきた。

 「うまいっ!!!!!!!!」

 この国どこに行ってもチェブジェンがうまい 笑

 無事に?腹ごしらえを終え、美味かったことを伝え、また
 必ずや来る約束をし、次なるタクシー停車場へと向かった

 そもそもアフリカのタクシー乗り場というのはわかりづらい
 現地ではお約束となっていても、自分らにはそのシステムが
 わからないことが多いのだ。 
 停車場というか道なのだが、おかしな形をしており、人に尋
 ねまくり、だいぶ戸惑いながらもなんとかマンジャイ行きに
 乗った。

 訪ねた人によれば

 「マンジャイポリス」 

 という場所で降りろということだった。
 警察はあまりアフリカでは関わりたくないなと思ったが
 まー降りたからといって絡まれることもあるまい

 タクシーは走り続け、運転手が

 「おい!着いたぞ!」

 といったので降りたら目の前がもろポリスボックスで屯 
 している警官数人と目があった。

 写真は食堂から見たマーケットのアーチ

  つづく                           



 


 

 



 

 



ギニア人 IN GAMBIA PART3

さて、突如観光ガイドと化したオマールに案内してもらい(前回参照)
快適に楽しく約束場所にたどり着いた自分たちでした。

あまりに親切なので、後で「ガイド料くれ」という展開かな??

と思いきや、
ウスマンはすぐ着くと言いならもナカナカ現れず、オマールも
ずっと一緒に待ってくれた。

20分後ぐらいにようやくチャリンコでウスマンが登場。
オマールがウスマンに挨拶し、

 「じゃ、俺はこれで。」

とおもむろに去ろうとしたので、

 「え?ちょっと待って!」

まさかのただのベタベタに親切な人でした。
あまりに時間と労力を使わせてしまったので

 「昼飯でも食ってよ。」

と言いお金を差し出すと、

 「え?いいよ!いらないよ」

と突き返されたので、

 「いや悪いよ!」

と言い手に握らせたけれどもまた戻されてしまった

 「じゃあ、暇なときにでも電話くれよ」

ってな感じで携帯番号の交換とあいなりました。

いや、親切な人っているもんですな!ビッくりしました。
ガンビアでは何回かこういうことが起きた。
治安もいいし人々の雰囲気も優しく、最高な国だった。
最高なガイド付き散歩も終わり、オマールと別れ、
ウスマンと歩き出した。
彼は乗ってきたマウンテンバイクを引きながら人懐っこい
感じでギニアのことなどを話した。
ギニアからガンビアに写ってきたのは8年前、もう4年も
ギニアへは帰ってないということだった。
ガンビアの暮らしは「まあまあ」ということだった
仕事もあるし、ギニアよりアーティストとして稼げるのだ
という。
ガンビアに行く前よりいろいろな人から、ホテルで太鼓の
仕事があり、それ目当てでギニア人がガンビアに流れている
という話を聞いていたので、まさに彼らのことなんだなと
軽く、ジャーナリスト気分を味わっていた。

そのホテルというのは、PART1で書いたセネガンビアの
エリアのホテルのことだ。

 ライブ会場のホテルの名前はなんと、

「イエローモンキーホテル」

なんと言う名前だろう。笑
 
ってな感じの話で盛り上がりながら、彼らの居住エリアに着く
と、早速ギニア人らしきラスタマンが家の前でバイクをいじっ
ていた。
ギニア人アーティストは何故か見て直ぐにわかってしまう
ウスマンが紹介してくれてこちらもスス語で挨拶すると
すごい盛り上がりを見せる。

「おい、この日本人スス喋るぞ!」

なかから数人現れ、ハイテンションな挨拶ビームに遭った。

どうやらギニア人同士でひとつの家をシェアしているようだ。
なかに通されると、ナカナカいい感じの家だった
テレビ、絨毯、無数の楽器、快適で楽しそうな暮らしに見えた。

ここでもギニアの話で一盛り上がり、特にギニアのアーティスト
の名前を出すと皆、すごい興奮し、ゴンゴマで歓迎の歌を歌って
くれた。
自分たちもギニアが懐かしくなり、楽しいひと時を過ごした。

ひと盛り上がりした後、腹が減ったのか、大きなアルミ鍋を
持ってきた。
中にはオレンジ色の炊いたコメが半分入っていた。

「腹減っただろ?飯食おう!」

と言われスプーンを渡された。
が、本当にコメのみなのだ。なんとうか、

「トマト汁で米を炊きました。ちょっぴりマギー風味」

みたいな感じなので、流石に気は進まなかったが、結局結構
食べてしまった。当然美味しくはない。あまりきれいな水で
炊いた感じがしなかった。少し金属っぽい香りがした。

若者なのでメンドクサさでそういうことになったか
節約のあまり、具はなしなのか。
なんにせよ、

故郷を離れたくましく生きている若者たちの香りプンプンな
昼飯になったことは間違いない。
特に上手くもまずくもないあの味は今でも忘れられない。

2時間くらいそんなこんなで盛り上がり、

「今度イエローモンキーでライブがあるから来いよ!」

という展開になり、行く約束してその日は帰った。


                          つづく。
 

























 



さて、突如観光ガイドと化したオマールに案内してもらい(前回参照)
快適に楽しく約束場所にたどり着いた自分たちでした。

あまりに親切なので、後で「ガイド料くれ」という展開かな??

と思いきや、
ウスマンはすぐ着くと言いならもナカナカ現れず、オマールも
ずっと一緒に待ってくれた。

20分後ぐらいにようやくチャリンコでウスマンが登場。
オマールがウスマンに挨拶し、

 「じゃ、俺はこれで。」

とおもむろに去ろうとしたので、

 「え?ちょっと待って!」

まさかのただのベタベタに親切な人でした。
あまりに時間と労力を使わせてしまったので

 「昼飯でも食ってよ。」

と言いお金を差し出すと、

 「え?いいよ!いらないよ」

と突き返されたので、

 「いや悪いよ!」

と言い手に握らせたけれどもまた戻されてしまった

 「じゃあ、暇なときにでも電話くれよ」

ってな感じで携帯番号の交換とあいなりました。

いや、親切な人っているもんですな!ビッくりしました。
ガンビアでは何回かこういうことが起きた。
治安もいいし人々の雰囲気も優しく、最高な国だった。
最高なガイド付き散歩も終わり、オマールと別れ、
ウスマンと歩き出した。
彼は乗ってきたマウンテンバイクを引きながら人懐っこい
感じでギニアのことなどを話した。
ギニアからガンビアに写ってきたのは8年前、もう4年も
ギニアへは帰ってないということだった。
ガンビアの暮らしは「まあまあ」ということだった
仕事もあるし、ギニアよりアーティストとして稼げるのだ
という。
ガンビアに行く前よりいろいろな人から、ホテルで太鼓の
仕事があり、それ目当てでギニア人がガンビアに流れている
という話を聞いていたので、まさに彼らのことなんだなと
軽く、ジャーナリスト気分を味わっていた。

そのホテルというのは、PART1で書いたセネガンビアの
エリアのホテルのことだ。

 ライブ会場のホテルの名前はなんと、

「イエローモンキーホテル」

なんと言う名前だろう。笑
 
ってな感じの話で盛り上がりながら、彼らの居住エリアに着く
と、早速ギニア人らしきラスタマンが家の前でバイクをいじっ
ていた。
ギニア人アーティストは何故か見て直ぐにわかってしまう
ウスマンが紹介してくれてこちらもスス語で挨拶すると
すごい盛り上がりを見せる。

「おい、この日本人スス喋るぞ!」

なかから数人現れ、ハイテンションな挨拶ビームに遭った。

どうやらギニア人同士でひとつの家をシェアしているようだ。
なかに通されると、ナカナカいい感じの家だった
テレビ、絨毯、無数の楽器、快適で楽しそうな暮らしに見えた。

ここでもギニアの話で一盛り上がり、特にギニアのアーティスト
の名前を出すと皆、すごい興奮し、ゴンゴマで歓迎の歌を歌って
くれた。
自分たちもギニアが懐かしくなり、楽しいひと時を過ごした。

ひと盛り上がりした後、腹が減ったのか、大きなアルミ鍋を
持ってきた。
中にはオレンジ色の炊いたコメが半分入っていた。

「腹減っただろ?飯食おう!」

と言われスプーンを渡された。
が、本当にコメのみなのだ。なんとうか、

「トマト汁で米を炊きました。ちょっぴりマギー風味」

みたいな感じなので、流石に気は進まなかったが、結局結構
食べてしまった。当然美味しくはない。あまりきれいな水で
炊いた感じがしなかった。少し金属っぽい香りがした。

若者なのでメンドクサさでそういうことになったか
節約のあまり、具はなしなのか。
なんにせよ、

故郷を離れたくましく生きている若者たちの香りプンプンな
昼飯になったことは間違いない。
特に上手くもまずくもないあの味は今でも忘れられない。

2時間くらいそんなこんなで盛り上がり、

「今度イエローモンキーでライブがあるから来いよ!」

という展開になり、行く約束してその日は帰った。


* 写真は彼等の巣

                          つづく。
 

























 



ギニア人 IN GAMBIA PART2
 
 さて、前回の話の続きと行きます!!

 ガンビアの街で偶然ゴンゴマを持ったギニア人に遭遇しました

 日を改め彼に電話しました。

 が、携帯が調子悪く、ただでさえ聞き取りにくい言葉が全くわからん
 という、よくありがちな状態に陥りましたので、道行く若者に代わり
 に話してもらいました。
 聞き取りにくいのか大声で話しているため電話で喧嘩をしている人み
 たいに見えましたが、終わると笑顔で

 「行こうか!!おれが案内するよ!」

 といい、さっそうと前を歩き出しました。
 あまりの展開の速さに状況が飲み込めないままついていきましたが

 「いや、悪いよ!時間取らせるし」

 といったところ

 「大丈夫だよ、そんな遠くないし、それに分からないと思うよ」

 みたいなことを言われ、彼の親切に乗っかることにしました

 自分がいたところはウェストフィールード、そこからどこなのか
 よくわからないので彼に問いただすと

 「セレクンダの端っこ」

 みたいなことを言われました。
 
 通りに出ると

 「さて、タクシーやバスもいいけど、歩いていこうか?」

 といわれ、

 「いや、大丈夫だよ、歩いたら大変でしょ?」

 といったところ

 「歩いていけば説明しやすいし、次からもひとりでも行けるだろ?」

 これにはビックリしました。
 交通費がかかることを心配して行ってくれたのかと思いきや
 そんな親切な考えがあったとは・・・
 さっきと同様また、彼の親切に乗っかることになりました。

 彼の親切はリムジン級ですな。笑

 ちなみに名前はオマールというらしい。

 セレクンダは中央市場と言えるサイズのビッグマーケットだ
 ギニア、マリ、セネガルにも同じようなグランマルシェがある
 セレクンダはまさにそんな感じで、何でも売っていて、外国人
 旅行者の姿もチラホラ見える。
 お土産を探している様だ。そのため、外人はものすごーくボラ
 れます。
 彼らにとって自分たちは金という卵をいっぱい持った

 「子持ちししゃも」

 に見えるのかもしれない 笑  
 まーいずれにせよ、当然ながらカモりがいのある相手である

 「何か買いたいものあるか?」と聞かれ

 「特にない」と答えました。

 彼がセレクンダマーケットの中を一通り案内してくれている
 ことに気づきました。

 歩いていて十字路にぶつかるたび

 「こっちはお前たちの家の方に行ける道だ」
 
 とかいろいろ教えてくれました。
 もはやガイドですな。
 ただただ親切なので、これはよくありがちなガイド料として
 金をせびってくるパターンか?とも思いました。

 さぁ!その結末やいかに??

                          つづく

 





 


 

    

 

ギニア人 IN GAMBIA
ガンビアに行った時のことだ。

ガンビアは、最近の自分に大きな変化をくれた国だ。

ガンビアはおかしな位置にある。
そもそも、セネガルの中に入ってしまっているので、
陸路の場合、セネガルに一度入らないければ、
入国できないという、極めて珍しい国だ。

海岸はあるので、海からはダイレクト侵入可能だ。
空も、もちろんである。

よくギニアで知り合いはどこに行ったか尋ねると、

「アイツはガンビアに行ったよ。」

と言われることがしばしばあった。

 「何しに行くの?」

 「出稼ぎだよ。」

 なんて会話になるのだ。

 ガンビアって景気いいのかな?なんて思ってました。

 その頃はまさかガンビアに行くなんて思わなかったので
 何も考えていなかったですが、いよいよ行く時が来ました。

 それが、2014年。

 前にもガンビアの太鼓ソールーバのこと書きました。
 興味のある方は遡って過去の記事読んでください!

 ガンビアにはセネ・ガンビアという名のエリアがありまして
 そこは観光客向けにホテルやレストランが立ち並ぶ浮いた
 エリアでした。

 ちなみに首都バンジュールはかなり閑散として、レストラン
 もあまりないという状態でした。
 最初は首都に行けばなんかうまいものでも食えると思い
 行ってみたところ、あまりの何もなさにがっかりした。

 が、セネガンビアに行ってびっくり、大きな通りがレストラン 
 で埋め尽くされており、中、外のテーブル共に、白人観光客が
 ぎっしり!!日本人が近場のタイに行く感覚なのだろうか。
 しかも、どこも値段設定は高い。
 例えば、ホットドッグがなんと日本円にして約400円
 日本と変わらない価格にびっくりでしたが、これで納得。

 なるほど、これは何かしらビジネスチャンスがあるわけだ。
  と思い、つつ日々生活していると

 ある時、ゴンゴマを持った少年??に出会った。
 
 お?なんか知った感じの雰囲気だぞ?

 と思い、スス語で話しかけてみるとドンピシャ!!
 彼のテンションの低い顔が笑顔になった!

 彼は6年くらい前にギニアの首都コナクリから出てきたらしい。
 もうずっとコナクリには帰ってないという。

 試しに自分の知っているアーティストの名前を羅列すると
 
 彼は興奮の絶頂 笑

 ナンデモ近くにギニア人で一緒に暮らしているから来い
 とのこと、これは行くしかないでしょ??

 日を改め、彼のもとを訪ねる約束をしてその場を去った。
 
                            続く