アフリカのリズム

アフリカのリズム
アフリカのリズムは面白いと最近よく思う

音楽というとどうしても

知識や技術が不可欠

毎日猛練習しなければ出来ない

例えばドラムセット

手足バラバラで難しい、バンドにおいて太鼓は 
自分だけという事も多く、充実したグルーヴに
するには相当な練習がいる、リズムは無論、技術 
にそのミュージシャンとしてのポテンシャルが
問われそうだ

楽器変わって

ドゥンドゥンはどんな感じだろう?
ケンケニ、サンバン、ドゥンドゥン
全部のリズムは違うが、全体で一つのドラムパターン
を作っている。

これは原始的ながら相当に画期的だ。

難しさはドラムセットと逆にある
つまり、足は使わずただ両手のみ、しかも、皮を叩く
時、基本的にベルを打つことが多いので左右も混乱し
にくい。技術的な問題は少しの練習で解決しそうだ。

だが、リズム的なポジションはバリエーションに富んでいる
曲によっては苦手という人も多い
いわゆる一般音楽的にいう裏拍という位置を絶えず綺麗に
保っていなければならない。

だから、初心者は出来るリズムと、全く出来ないリズムに別れる。

手足の技術ではなく聞く力やマインドという訳だ

今比べた二つの楽器、きっとルーツは同じかも知れない

が、やっている内容は反対である

ドラムセットは一人なので、その人が叩かないければ
音楽から太鼓はなくなります。
だから鼻がかゆくて掻きたければ、

上手くごまかしながら掻く

という鼻を掻くにもテクがいる。笑

対し

ドゥンドゥンは三人いるので一人いなくなっても音圧
は減るがグルーヴへの傷は浅い。

とりあえず音楽は続く。
一度止めて鼻、掻き放題だ。
自分なら仲間にはその場合、存分に掻いて貰いたい。

つまり、一人の場合は何か起きたら少なからずグルーヴ
に影響するかもしれない。

エンジンが3基という訳だ

このグルーヴのパワーは半端ない

別にドラムが良くないという訳ではない
自分もドラムセットを叩くのは大好きなんで
叩いていて上手くいかないとバリエーション
上がりで、グルーヴが揺れる事はしばしば。
それも手足が別なんオーバークッキングという訳

ドゥンドゥンならなとも思うがそうなったら後の祭だ

だから練習がいるのだが楽しいが、なかなかに孤独な作業だ 
リズムだけに集中するのが難しい

三人いれば文殊の知恵、椅子も足は三本から

というように強靭なリズムも三人いれば容易に
作れる。

これはリズムの錬金術に等しい


例えば、森に落ちている枝、三本あったとしても
落ちているだけでは、

ただの枝

が、もし三脚のように組まれていたらどうだろう

いきなりメッセージ性が出たのではないか?
森に行ったらいきなり三本組まれた枝があったら

気になってしょうがない。笑

リアクションはそれぞれだが、とりあえず誰しも
一瞥はくれるだろう。

当たり前かもしれないが、1と10位違う

なんの変哲もない物が

「気になる」

というのはエネルギーといえるのではなかろうか?
見た人ほぼ全員が気になるといっても過言ではない。

言わんとしていることはと言えば
ジェンベを例に取っていえば

「パッティパッ」

等と非常に退屈なリズム初心者の頃散々やらされて
手も痛いしダサいしでホント嫌いと思った 笑

これを枝として

三つ組めばリズムの三脚は完成する

いわゆる度頭からの人

少しずれての方

もう一つズレての貴方

ドゥンドゥンバは正にそれだ

ここからが憎い。
 
               つづく